| 舞鶴引揚記念館 |
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| 2005年8月3日
舞鶴引揚記念館にいく。 引き揚げの年表や戦争資料があった。いつどこから引き揚げてきたかという資料もあった。引き揚げてきた人がもってたものなども展示してあった。 引き揚げっていうと中国からってイメージが強いけど、ソ連の引き揚げ図がメインで驚いた。ソ連参戦、敗戦の後になって捕虜になったってことかな? この前NHKで望郷ってドラマやったけど、そんな生活風景を知ることができた。朝飯と夕飯がパンとスープ?で昼飯は食パン1枚だけってのがつらいと思った。 DDTも直接体に噴射して消毒していたみたい。まるでレイチェルカーソンの世界。K樹おじさんの専門かも。 木を1本切ると1人死んだらしい。未開のシベリアを開拓するのに大量の捕虜を使ったそうです。 舞鶴の岸壁の母、岸壁の妻ってのが有名らしいけど、俺等の世代ではないのでわからなかった。自分の息子、夫を探しにみんな全国から舞鶴にきて、帰って行ったってのが印象的だった。舞鶴の中心性がもっとも高まった瞬間でした。 次の世代へってコーナーで三波春夫がコメントしてた。三波春夫は引き上げしてきたらしい。宇野宗佑もコメントしてたんだけど、どうしてなのか理解できなかった。 展示の工夫としては、大きいショーケースと小さいショーケースをうまくつかっているって感じだった。大きい資料は大きいショーケースでいいんだけど、小さい資料を小さいショーケースにいれているところがよかった。たまに大きいショーケースに小さい資料(生活用品など)をいれているところがあるけど、それだと見にくいし、腰が痛いし、疲れる。小さいものを小さなショーケースにいれて、上から見られるようになるだけでだいぶ違うと思った。 建物の感じとしては知覧の特攻会館みたいだった。バックに有力組織がいるのかわからないけど、結構立派だと思った。 あんまり関係ないけど舞鶴市内のレギュラー136円/Lにはびびった。
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8月5日(金)23:37 | コメント(1) | 学芸員 | 管理
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| 赤れんが博物館 |
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| 2005年8月3日
舞鶴の街中には赤煉瓦の倉庫群がある。海軍の拠点として栄えた舞鶴だけに赤煉瓦の施設が多いらしい。ってことで赤れんが博物館にいった。 れんがが四大文明で使われていたことや、世界のどこでどんな煉瓦が使われているという紹介があった。リューベックの煉瓦とか、アウシュビッツの煉瓦とか、ベルリンの壁の煉瓦とか万里の長城の煉瓦とか。それぞれの国ごとの特徴ってのはいまいち理解できなかった。というか説明がなかった。ただ、地名と使われている建物と実物があっただけ。これに特徴を付け加えればもっとよかったのに。 れんがの作り方とかサイズ仕組みが説明されていた。サイズが大きすぎる煉瓦ってのは変形しやすいって問題点があるようだ。また、作業用のコテを利き手でもてるように片手でもてるサイズになっているのも煉瓦の特徴らしい。 積み方にはイギリス式とフランス式とその他いろいろがあります。イギリス式は丈夫で、フランス式は見た目がきれいらしい。ちなみに赤れんが博物館自体の作りはフランス式だった。 れんがの作り方を紹介しているコーナーではホフマン窯の説明もしてあったんだけど、それよりも驚いたのが、そのコーナー(館の一部)自体がホフマン窯の構造だったことだった。 他にも「日本のれんがの歩み」や「舞鶴と煉瓦などの展示」があった。 博物館の構造としてはこの館はいいところと悪いところがある。ホフマン窯をコーナーの一部にするのはいいけど、それ以外の順路が不適切に近い。ビック富士みたいに一方通行にするほうがいいかも。違うトピックを同時に見学するようなシステムは辞めた方がいいと思った。
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8月5日(金)23:11 | コメント(0) | 学芸員 | 管理
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